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日本の未来を担う若者が夢や希望を持って働ける社会にしたい。これが情熱プロジェクトの想いです。
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松崎 光弘 Matsuzaki Mitsuhiro
プロフィール 大切にしていること
株式会社出藍社
http://www.shutsuransha.co.jp/
  
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 将来に対して漠然と不安があり、どうしても「早く成果が欲しい」って焦ってしまうと思います。もしその結果がなりたい姿になれなくても落込まないで下さい。その経験は必ず自分の中に生きていますから。


 やがて忘れた頃にその経験を活用できる場面がきっと出てきます。
だからそれを知っていると、やりがいとか、楽しさとか一日一日感じていけるんじゃないかと思います。どんな経験でもして欲しいですね!
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取材記事
 
はじめに イノベーターを世の中に生み出す為の仕組みを創る 株式会社出藍社
 私たち出藍社の仕事は、「イノベーターを世の中に生み出す為の仕組み創り」です。社会や地域にイノベーションを起こすような志を持ち、行動する人を世の中に送り出し、社会がよりよい方向に変わる仕事をつくることがうちの会社のミッションです。
 たとえば、「この街をよくするんだ」という強いおもいを持って活動しているNPOなんかが地域にはたくさんあります。その人たちの活動をサポートする中間支援組織というのが各地域にあります。出藍社は、そういう中間支援組織のコンサルティングを行っています。
「コンサルタントのコンサルタント」というとイメージしてもらいやすいでしょうか?


 地域や社会を元気にするのはNPOだけの仕事ではありません。
地域や社会でお金が回るということもとても大事なことです。経済が回らないと社会はどんどん元気をなくします。
そのためにはイノベーティブな企業が必要なんです。そのために経営者向けのセミナーや社内の人材育成、コンサルティングといったこともやっています。
 「コンサルタントのコンサルタント」みたいな分かりにくい仕事ですのでイメージしにくいかと思いますが、要するに、人や地域や企業が成長していけるような仕組み創りをしているんです。


 
ステップアップ1 興味ある事をとことん学びたい 大学生
 私は「自分の興味ある事をとことん学びたい」と思い大学に進学しました。
当時は生物学が好きで、「生物学を学ぶために大学に進学しよう」と思ったんですが、受験の時に点数が足りなくて、生物学科へ進むことができず、第三希望だった地球科学科に入学します。

しかし、「生物学を学びたい」という想いは変わらず、「いつかは転科してやる!」と地球科学科にいるのに独学で生物学を学んでいました。
なので、地球科学の点数は赤点ぎりぎりなのに、生物学の科目だけは“優”がたくさんつくといったような少し変わった成績でしたね。


 なぜこれほどまでに生物学をしたかったかというと、それは高校に遡ります。
高校1年の時に、生物の授業で細胞生物や遺伝子の話が出てきたんですよね。
それまでは生物学は覚えることが多いと嫌いだったんですが、この話を聞いた時に「なんてシステマティックで面白いんだ」って思いましたね。
私はガンダムとかヤマトとかマジンガーZの世代で、ロボットの仕組みを解き明かしたいというぐらい意気込んでいましたからね。
小さい頃から仕組みとかが大好きだったんです。
 
ターニングポイント1 恩師との出逢い
 結局転科するのは難しいという事で「じゃあ大学院進学時に生物学を専攻しよう!」と思うようになります。
しかし大学生活も3年が過ぎようという頃、一つの大きな出逢いがありました。

恩師との出会いです。
私は「システマティックな生物学を学びたい」と思っていた訳ですが、その先生は“複雑系”という分野を研究されている方だったんです。

 複雑系というのは、「いろんな物事が互いに関係し合うことで、一定の構造が生まれる」というような考え方で、例えば「蝶が羽ばたくとそれが巡り巡って竜巻を引き起こす」というような考え方をする学問なんです。
この複雑系の話を初めて聞いた時「生物学よりシステマティックで面白いやん」って思いましたね。
生物学ばかりを見ていたけど、ひょんな事から入った地球科学にもっと面白いものが転がっていたって感じですかね。
何とも不思議な話です。


 もちろんその先生のお人柄もよく、指導の方針も「全てを教えてあげられるわけじゃ無いけど、何でも好きな事を研究してくれていいよ」というような方針だったので、「この先生の下で学びたい」という考えになり、生物学への転科もせず、地球科学のまま大学院へ進学します。
 
ステップアップ2 研究者を目指して
 ちょうどその頃、助手としてこられた先生も凄い頭の回転が早い方で、このお二人の下で学んだ日々は私の価値観に大きな影響を与えてくれました。
先生方の放牧的な教育のスタンスのおかげで自分の能力は引き出されたように思います。ですから、その後、教育に携わるようになって先生と同じ教育のスタンスをとるようになりました。
 

この頃は大学の研究者を目指していたんですが、大学院1年生の時にはすでに結婚していたので、家族を養っていかないといけなかったんです。
だからお金が必要で、当時は予備校でアルバイトをしながら大学院に通っていました。

大学院は無事に卒業をしたんですが、その後すぐに研究職が見つかる訳もなく1年間はアルバイトなどをし、なんとか食いつなぎながら研究をしていましたね。


 そんなある時、同じ予備校で働いていた方から「神戸の方の短期大学で働かないか?」という話を頂き、その大学で働く事となります。

 
ターニングポイント2 大学教育への疑問
 しかし、いろんな考え方の違いがあってその短期大学は1年半で辞め、違う大学で働く事になりました。

新しい大学では経営学部でコンピュータのプログラミングを教えていました。“COBOL”という、自分にはなじみの薄いプログラム言語の授業でしたが、なんとか授業は一所懸命に乗り切っていましたね。
そうこうするうちにいろいろな役職を与えられるようになりました。
若くして役職に就いたので、調子に乗って結構がんばりました。この時に大学のマネジメントなどを学べたのも今の仕事に繋がっているかと思いますね。
 

でも、一方でどうにも我慢がならないという気持ちも高まっていました。それは、
「大学のゴールが就職になってしまっている」
という事。
就職率などを意識するあまり、大学が就職予備校みたいになってしまっていると思ってしまったんです。
「学びたい事をとことん学ぶため為」の大学だったのが、「就職する為の社会的な地位を獲得する為」だけの大学になりつつあると思ってしまいました。
 そんな事を思うようになっていた頃、学内で毎日ダンスを踊っている学生を見つけたんです。
毎日毎日、一人でダンスを踊っていました。
彼を見ていると「こいつ凄いなぁ」って思ったんです。毎日踊り続けられるってかなりすごいですよね。
それまでは、「うちの学生って、能力低いよな」とかいう事を恥ずかしながら思ってしまう場面もありましたが、その子を見ているとそんな考えは無くなりました。
 「こんなすごいヤツがすごいって分からないとしたら、それは教育や大人の側に問題があるんじゃないか?」「若者の可能性に蓋をしてしまっているのは大人の方じゃないか?」って思うようになったんです。
「就職予備校のような大学で、若者たちの夢や、なりたい姿を本当に応援できているんだろうか?」という気持ちがどんどん膨らんでいきました。
学生一人一人の可能性や能力を引き出す事にチャレンジできていないと思ったんですよね。

そして、大学を辞める事を決断します。
 
ステップアップ3 大阪府青少年会館館長へ
 大学を辞めた後は大阪府立青少年会館の館長に就任しました。青少年会館は府立の施設ですが、大阪府が指定管理者制度という仕組みで、民間に運営を任せるという事になり、運営をやろうとしていた会社からお誘いを頂き館長職に就きました。
 館長の時代は様々な事にチャレンジしましたね。会館の主な事業は
会議室やホールを貸すということでしたが、青少年会館という名の通り本来は若者の育成を支援する施設なんです。
だから新プロジェクトを立ち上げたり、アート系の若者が多かったので、彼らが集まれるような仕組みを作ったりしました。
 
また、経済産業省が若者と地域を支援するチャレンジコミュニティプロジェクト(以下:チャレコミ)というプロジェクトの参加者を募集している書類を見つけました。
「これは面白いかも!」と思い応募をしてみることに。
すると、「公立の施設の新たな取り組みとしてありだ」だということで採択されました。
 インターンシップをコーディネートしたり、若者の成長できる場を創る為に、様々な活動をしていきましたね。
「大学ではできないような事を自分がやってやろう!」と少し反骨精神にも似た感情だったかもしれません。
でも、若者が成長して心からの笑顔になった瞬間は本当に嬉しかったです。
 
ターニングポイント3 青少年会館廃止 株式会社出藍社設立
 しかし、大阪府の知事が変わり大阪府立青少年会館は2009年に廃止になりました。
決定事項で個人がなんと言っても変わるものでもなかったのでどうしようもありませんでした。

その後は、青少年会館の館長の仕事を紹介してくれた会社の会長さんが、経営塾を開催したいというのでそのお手伝いをしました。
今思えば、私を食わせる為に言ってくれたんだって思います。

 以前大阪府青少年会館で行っていたチャレコミ事業については、自分で会社を興して続けることにしました。とは言っても、実際には簡単にできることではありません。いろいろ悩んだり考えたりしました。
 そんな中で「自分の一番の欲を捨てたらどうなるか?」という問いをもらう機会がありました。

「自分の一番の欲って何なんだろう?」と考えた時に「若者が自由に夢を育てられる社会を創る」という事だったんですよね。
そして、「それを捨てたらどうなるんだろう?」と本気で考えました。

掘り下げていくと、「若者が将来を自由に描けない社会がある」という事を自分の意識の中に持っていたんです。
その考えを捨ててみると、「案外社会は捨てたもんじゃないかも」って感じたんです。

「じゃあもっと社会の良い所と良い所を繋ぎ合わせて行こう! そしたらもっと面白いやん!」って思ったんですよね。


 そして、2010年の1月に会社を立ち上げました。
それが株式会社出藍社です。
 
そして今 イノベーターを輩出する為に
 元々チャレコミは経済産業省の仕事だったんですが、2010年の4月からは内閣府の
地域社会雇用創造事業という事業に参画することになりました。
要するに地域で雇用を生み出す為の仕組みを作る仕事です。

地域には良いものがたくさんあったり、素晴らしい人がたくさんいます。
でも経済がまわってなかったり、跡継ぎがいなかったりでだんだん続かなくなっているんですよね。
だからその仕事をもっと広げるような人を育てたり、組み替えていけるような人を地域で作っていきたいと思っています。

 昔は若者だけに焦点をあてていましたが、いろんな地域を見てきた今は少し変わってきました。
若者だけが地域を変えるイノベーターになるんじゃなくて、60歳のイノベーターもいてもいいと思うんですよ。
実際、地域に凄い人は多いですからね。

自分で変革してしていける人が各地域にいたら、日本って本当によくなると思いますし、若者も夢を育てられる社会になると思います。
 決して近道なんてないと思うので地道に、着実に活動していきたいですね。

 
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