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中西 正章 Nakanishi Masaaki
プロフィール 大切にしていること
auto-bridge代表
http://www.yumeguruma.com/
 
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仕事は「楽しいか?楽しくないか?」で判断すればいいと思います。
もしそれが見つからなければ、いろんな人と出会ってほしい。
そうすれば自ずとやりたいことって見つかると思います。
「やりたいこと」というのを突き詰めてほしいですね。
それが自分らしく人生を送る秘訣です。
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取材記事
 
はじめに 100万円に見えるクルマを50万円で買えるクルマ屋
「私は、中古の自動車の売買業をしています。
要するに車屋さんですが、街でよく見かけるような、車がずらーっと並んでいる車屋さんとは少しイメージが違います。
車を店頭に並べて販売するのではなく在庫を持たずに、お客様に合わせて車を探してくるので、車の維持費もかからないので安く買えます。
車屋さんというと、「車の販売さえすればいい」というようなイメージがあるかもしれませんが、どちらかというとお客様に合わせた車の販売なので、車というのは喜んでもらえるツールの一つだと思っています。
重要なのは車を販売することによってお客様に喜んでもらうことです。
だから、車を見ていても「この車やったらあの人に喜んでもらえるかな?」と思ったり、人の笑顔が自然と出てきます。
自分が選んだ車が、お客様に気に入ってもらえて、「ありがとう」と言われたとき「あぁやってきてよかったなぁ」とこの仕事に最高のやりがいを感じますね!!  
 
ステップアップ1 車との出会い
小さいころはあんまり覚えていないんですけど、両親と遊んでいたというよりは、おじいちゃんと遊んでいた記憶があります。
小学校3年の頃には野球を始め、いろんな所に遠征に行くようになりました。
遠征って、保護者の方に車で連れて行ってもらうじゃないですか?
その時に初めて、車の存在に気付きました。
といっても「今日はアイツん家の車かぁ。残念。」とか、「お、今日はコイツん家の車や!ラッキー!」とかっていう乗り心地や奇麗か奇麗じゃないか?という目線で見てたぐらいですけどね(笑)
ミッションでギアを入れ替える風景を見て、「ガチャガチャやってあんな面倒なことせなあかんのや…ケッタイな乗り物やな。」という印象があったんですが、そうこうしてると、オートマチック車も出てきて、「あんな面倒くさそうだったのに、楽そうで、全然振動もないなぁ。」と、オートマは凄いと思っていましたね(笑)
 
ステップアップ2 大企業に入る為に大学へ
高校まで野球は続けていて、高校に入りたての頃は「甲子園に行きたい!」なんて思っていましたが、当時PL学院に在籍していた、元プロ野球選手の清原和博の打球を見たときに、「あぁ無理や」と諦めてしまいました。そこからは楽しむ野球に切り替えましたね(笑)
そのまま、進学か就職かという時期になりましたが、「大学に行かないと就職できない」と言われている時代だったので、安定した企業に就職する為に大学進学を決意します。
東京の大学に進学し、アルバイトをしたりと充実した日々を送っていました。
そんな楽しいばかりの時期なんてあっという間で、就職の時期になってしまいました。
この時、「自分が何をしたいのか」がわからなかったんです。
それで、大学時代にテレビ局でアルバイトをしていたということもあって、「テレビ局に就職しよう!」と思いました。
でも筆記試験で落ちてしまって…そんな時に「自分は何がしたいんだろう?」って本気で考えました。
結局、「何でもいいから面白い仕事をしたい」と思ったんですよね。
当時は、アルバイトで給料もたくさん貰っていましたから車も買えたんです。
それで、車に乗るのが面白かったから、ただ漠然と車業界に進むことにしました。
 
ステップアップ3 大手自動車メーカーへ
そして、面接や筆記試験をなんとかクリアすることができて、大手の自動車メーカーに就職をすることができました。
車のリース会社に配属されていたんですが、当時はバブルの絶頂だったので何もしなくても、バンバン車が売れたんですよ(笑)
でも、バブルははじけてしまいます。
バブルがはじけた後、バブル前の契約で売掛金が残っていて、まだ支払いをしてもらっていない取引がたくさんありました。
そこからは、自動車の販売というよりは、実質、お金を回収しに行く借金取りのような仕事になりました。
この時が一番苦しかったです。
肉体的に苦しいとかじゃなく、お金がないのをわかっていてお客様の下を訪問しないといけないですから。
 
ターニングポイント1 転勤
バブル後の辛さもなんとか乗り越え、結婚もし、子どもも授かって安定した暮らしをしていたのですが、新卒で入社して13年半が経った頃、会社から急に理不尽な転勤を言い渡されました。
それは、当時僕が労働組合の役員をしていたからでした。
会社の売り上げが低迷し、社長が外国人に変わると、労働組合の役員達を「集まって会社に都合の悪いことを言わせないようにする為」にバラバラにしてしまったんです。
聞くところによると、外国では労働組合が受け入れられていなく、外国人には理解し難い立場だったとのことでした。
転勤を言い渡された時、「どうしよう」と思いました。
娘も幼稚園に入ったばかりだったので、娘の周りの環境を転勤により変えてしまう事はしたくありませんでした。
残された道は単身赴任か、会社を辞めるかという道でした。
結局、「最愛の娘と離れたくない」と思って、会社を辞めることを決心します。
それを嫁さんに相談すると、「やりたくない仕事なら辞めたら?」とすんなり受け入れてくれました。
肝っ玉の据わってる奥さんで「お金が無くてもどうにでもなる」という想いを持っていろんな事をやっていた人だったのですんなり受け入れてくれたんだと思います。
これが、社内恋愛の末の結婚であったら受け入れられていなかったでしょうね。
 
ターニングポイント2 職人との出会い
会社を辞めたもの、次にする事を何も決めていなかったので、しばらくアルバイトをしながら退職金で食いつないでいました。
そんな時に、元々いた自動車メーカーの協力会社で、個人的にも仲良くさせて頂いていた、株式会社イチネン(以下:イチネン)という会社から、「うちの会社来ない?」という事を言って頂いたんです。
その会社は一部上場をしていて、リース・メンテナンスリースと燃料販売の会社でした。
イチネンは、町の小さな修理工場の、技術力が高い職人さん達に焦点をあてていたんです。
地域には技術力の高い人がいるのに、世間に知られていないというのが町の修理工場の課題でした。
イチネンはメンテナンスなどを職人さんに任せていたんですよ。
兼ねてから僕もその現状を「勿体ない」と思っていたので、その想いにすぐに共感できました。
だからこそイチネンに入社し、地区の修理工場をまとめるマネージャーをさせて頂きました。
そこで、地域の修理工場の職人さん達との繋がりができました。
この仕事で、職人さんと繋がりを持てた事が今の中古車販売という仕事にも繋がっているし、イチネンでの経験はとても大きな価値のある経験でした。
 
ターニングポイント3 オークションで受けた衝撃
自分で車屋を始めようと思ったきっかけは、中古車屋さんが車を売ったり、仕入れたりするオークション会場に行った時でした。
その昔、中古車業界というのは、走行距離をいじって販売していたんです。
今はそんなことはないですけどね。
それで、中古車屋さん同士が殴り合いの喧嘩をしていた場面に遭遇しました。
あるAという中古車屋さんは80,000キロ走行している車を60,000キロと偽ってオークションに出品していました。
そしてBという中古車屋さんは100,000キロ走行している車を50,000キロと偽って出品していました。
そして、AとBはお互いの車に興味を持ち、走行距離を偽っている事が発覚し、「どちらが悪いのか?」ということで殴り合いの喧嘩をしていたんです。
結局、100,000キロを50,000キロと偽っている方が多く偽っているということで、Bが悪いという結論で決着はつきました。
でも、お客様にして見ればどっちも悪いですよね?
どちらも走行距離を偽っていますから。
その光景が自分の中ではかなりの衝撃で、「あぁ中古車業界を変えなあかんな」と切実に思いました。
だから、何も隠さずに全てを洗いざらい正直に見せる中古車屋さんしたいと思ったんです。
そんな事を思っていると、マネーの虎で有名なオートトレーディングの南原竜樹さんの秘書の方から急にメールが来ました。
当時、車を使って、ちょっとした小遣い稼ぎをしていたので(笑)、「そんなややこしい事せずにちゃんと車の販売せぇへんか?」と言われました。
そして説明会に参加してみると、南原さん本人がいて、本人から直接中古車屋さんの始め方や、南原さんのやり方などを教えてもらいました。
兼ねてからの想いもあったので、「やります!」とその場で返事をし、イチネンで培った職人さん達のパイプを活かし、中古車を安く仕入れ、きちっと直し、安く売る中古車屋さんを始めたんです。
 
ステップアップ4 安く、質のいい車屋さん
そうやって車屋さんを始めて、自分なりにいろいろと考えながら、失敗や挫折をたくさんし、その度に試行錯誤を繰り返してやってきました。
一番しんどかったのは、一人ということですかね。
手続きなんかも全部自分でしないといけないし、わからないことだらけですからね。
自分で会社を始めて、「会社ってなんでもやってくれていたんやな」と思いました。
でも、そうやって試行錯誤しながら自分のスタイルでもやってきましたが、その中でもたくさんの人の笑顔に出会いました。
特に、車に興味のないような人の笑顔は最高です。
「値段も安いし、状態はあまりよくはないやろな」と高をくくっている人が多いんですよ。
でも、一般の値段以上の質の車なんで皆さんびっくりされます(笑)
地道ですが、こうやって一人一人のお客様に喜んでもらうということが重要で、それが最終的に中古車業界を変えていくんじゃないかと思っています。
 
そして今
最終的には、自動車業界全体のカラーを変えたいんです。
業界全体が自動車業界と、大きなくくりで考えられているし、お客様には不明瞭なことも多いと思うんですよね。
オークションだと中古車が安く買えるなんてわからないですよね。
これからはリユース、リデュース、リサイクルの時代なのに、腕の立つ整備工場の職人さんも知らない人が多いと思います。
中古車業界は修理してくれる人がいないと成り立たない業界でもあるので、そういう人たちに焦点をあてて、もっとみんなに知って欲しいと思います。
本当に技術のある人ばかりですからね。
それに、町の修理工場の職人さんのかっこよさをいろんな人に知ってもらえれば、一つの憧れにもなると思うんです。
実際僕も職人さんに憧れを抱いてますから(笑)
若いうちにそんなかっこいい大人と出会えれば、もっと人生変わると思うし、車の楽しさも知ってもらえるんじゃないかと思っています。
 
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