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西原 忠宗 Nishihara Tadamune
プロフィール 大切にしていること
男のラーメン 麺屋わっしょい 代表
http://r.tabelog.com/osaka/A2702/A270203/27046654/
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建前じゃなくて本音で自分の思っていることを言っていったらいいと思います。
偽善にはならないように。
例えば、何か社会に貢献するようなことをやるときには、やってる自分に満足するんじゃなく、自分のしたいことを実現する為に何かしていって欲しいと思います。
冒頭でも言いましたが、“学生=勉強”でも“学生=バイト”でもないから、もっと自分のしたいことをしていけばいいと思います。
Message
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取材記事
 
はじめに 男のラーメン 麺屋わっしょい
私はラーメン屋の経営をしています。
現在はラーメン屋をしていますが、ラーメン屋ではなくてもいいと思っています。
そのお客様が求めていることを全部やっていって100%お客様主義でやっていきたいと思っています。
喜んでもらって当たり前だと思っています。
だから「喜んでもらっているのかな?」と考えることも感じようと思うことはありません。

●正しい接客より心温まる接客
いい接客って実際どのお店もやっているんですよね。
チェーン店でもそう。
言葉遣いも正しいし、元気な挨拶もしてくれるし、いい接客もしている。
でも僕はそこにあまり居心地を感じませんでした。
だから麺屋わっしょいでは一人一人によって挨拶を変えてくれてもいい。
おじいちゃんやおばあちゃんには小さい声、常連さんには「まいど」というような挨拶になったりするということがいいと思います。

●やりがい
「どうでした?」ということを言わないでも、お客様から「ありがとう。美味しかったよ。」と言ってもらえることが一番嬉しいです。
「どうでした?」と聞かなくてもお客様から「こんな味初めてや!」とか「来てよかったわ」、「元気がいいね」という言葉を貰えるということが一番嬉しいです。
 
ステップアップ1 学生時代
学生時代は全く夢とか「将来何がしたい」とかもなくて、遊ぶ事しか考えていませんでした。学生=勉強でも学生=バイトでもなく人それぞれの生き方があってもいいと思っていました。だから僕は遊んでいました(笑)

当時はバブルの時代だったので就職活動にはあまり困っていません。
面接に行ったらその夜は「懇親会や〜」といってご飯を食べに連れてってもらったりなど、内定も8社貰えましたからね。
でも就職活動に関しては、きちんとしていたと思いますよ。
会社に資料請求は個人で電話して担当の方に手紙を書いて、返信用の切手を用意して、資料が届いたらお礼の電話をしてというようなことが当たり前だと思っていました。
どっちが良いとかっていう訳じゃないですけど、そういうのって今の学生がやってる姿はあまり見ないような気がします。
まぁでも「何がしたい」とかはあまり考えていませんでしたけどね(笑)
 
ステップアップ2 自分の実力を思い知らされた社会人
そして内定を貰った会社の一つに進み、社会人になります。
入社した会社は伊藤忠商事の系列の水産会社で、鰤(はまち)の骨を取り除いたものを売るというような加工食品の営業で入社しました。
営業で入ったものの、日が経つにつれ鰤をおろす現場の人間がいなくなっていったので現場に入るようになりました。
営業で入社したのに毎日毎日鰤をおろしてて、だんだん鰤と鰤(ぶり)の違いはわかってきたり、水産会社の人とは仲良くなったりしていましたが「なんか楽しくないな〜」と思っていました。
それともう一つ思ったこと、思ったより自分は仕事ができないということを痛感させられました。
魚をさばくのはそんなことはないんですが、営業となると全く成績がとれなかったんですよね。
今思い返せば、営業の成績欲しさに全く提案も何もできていなかったんだと思います。
例えば、営業先のお客様が「これええなぁ」と言っても僕は「そうでしょそうでしょ」とお客様に合わせることしかしていませんでした。
メリット、デメリットをちゃんと伝えられなかったんですよね。
周りの人も同じで僕を仕事ができないみたいな目で見てて、僕が気になった点を「こんなんちゃいますか?」と言っても「ああそう」と明らかに相手にされていないようなことを感じることもありました。
そして「なにか違う」という気持ちが大きくなり、一年足らずで辞めました。
 
ステップアップ3 あるラーメンとの出会い
それからは定職に就くこともせず、フリーターをやっていました。
今の僕からは誰も全く想像もできないでしょうけどね(笑)
そして3年間が経った頃、そんな生活にからも脱却しないといけないと思い電話の回線の会社に就職しました。
市街電話が安くなるというような営業をしていて、営業のスタイルも前の会社とは違ったのでここでは営業成績も徐々に上がっていったのですが、仕事をしているうちにその仕事に疑問を感じ始めました。
そしてもやもやした想いを抱きながら仕事をしていて、営業に行った帰りにラーメン屋さんにふらっと寄ってラーメンを食べたんですね。
そのラーメンを食べたときに、「ここのラーメン美味しいなぁ。細麺でこの麺も美味しいなぁ。」と思ってパッと横のゴミ箱を見たらラーメンの麺の袋が捨ててあったんです。
自分の仕事にもやもやしていた僕はその一瞬で決意して、その翌日にはそのラーメンの麺を作っている会社に電話をかけていました。
 
ステップアップ4 製麺会社へ
「もし営業の枠が空いていたら、一回面接してくれませんか!?」と、僕は飛び込みで電話をかけました。
「営業は募集してないんやけど、配達なら募集してるから、ほなら一回面接しましょうか。」ということで製麺会社に面接に行ったのがラーメン業界の始まりでした。
契約している会社に麺を配達する仕事だったんですが、社長は「配達しながら営業してくれてもかまへんよ。営業の成績が上がりだしたら営業職にしますから。」ということで最初は配達をしながら営業をしていました。

営業するといっても、自社の麺の特徴などを説明できるわけじゃなく、ラーメン屋さんになかなか入る勇気もなかったので、初めは、「中華料理屋さんは麺にそこ迄こだわっていないんじゃないか?」と思い中華料理屋さんに営業にいきました。
しかし、営業に行くと「それなんぼや?それは?高いなぁ。ええわぁ。」というようなことの繰り返しでした。

売れるところと言えば、1玉¥50でとってる店に「これ1玉¥45なんです!」ということを言うと「ええなぁ。ほなそれとるわ!」といったような具合で価格だけに左右されてしまっていて、「これなぁ俺じゃなくても、誰がやっても契約とれてるなぁ。」と思いました。


【営業先のラーメンに合う麺を!】
そして営業のスタイルを変える為今度から営業をまわる前にそこでラーメン食べようということにしました。
元々ラーメン好きなので、ラーメン食べて、「このスープやったらうちのこの麺が合いそうやなぁ」ということが浮かんでくるんですよね。
だから営業に行ったときに、「実はこの前食べさせてもらって、この麺の方が合うと思うんですけど」と提案するとだいたい「ほんまかいな? ほんで値段はいくらやねん?」と言われるんですよ。
なので「いや、値段より先に食べてください。よかったら僕にもその一杯、食べさせてもらえませんか?」と言って食べさせてもらっては、自分で「やっぱり」というような事を思っていました。
でもお店の人は変える勇気がないんですよね。「美味しいけどなぁ」というんですよね。
それで結局契約とれなかったんですけど、自分の提案は間違っていなかったということを確信しました。

最初の頃は自分の提案が間違っていないということを確認するぐらいだったんですが、いろんなところへ営業にまわっているとだいたいの営業先が「暇でなぁ」というんですよね。
それで話を聞いているうちに、自分の想いが「うちの麺使ったら絶対繁盛するのにな」に変わってきたんです。
その店の味を変えることができるという自信も、知識もあったし、何よりそれだけの気持ちでやってるから絶対繁盛させることができる!と思いました。
それからはその想いを前に出していってだんだん営業成績が上がっていって、配達から営業専任になっていったんです。
 
ターニングポイント1 ターニングポイント
営業の成績は上がっていったもの、壁にぶち当たるんですよね。
実際、自分自身で麺をプロデュースしていったところは売り上げも上がっていて、その実績も徐々に積み重なっていったんですが、いきなり飛び込みの営業の言う事を受け入れられない営業先さんもいるんですよね。
それでなかなか取引するまでに至らなかったりなど、なかなか成績も伸びないといったことがありました。

そんな時、ある営業先さんが「この皿なぁ、もっと良いものがあればええんやけど」ということを言っていました。
僕はいろんなところを営業でまわっていたので「その皿だったら、この前、合いそうなお皿見たんで、持って来ましょうか?」という提案をして、そのお皿を見てもらいました。そしたら「ええなぁ」と言ってくれたので、次はお皿を必要枚数分買って行ったんです。
そうすると「なんでそこ迄やってくれんねん?」という話になって、「たまたま僕が前に見てた中に合いそうなのがあっただけですよ。」というと、「悪いから麺とるわぁ」と言ってくれました。
でも僕はそんなつもりじゃなかったので「いやいや、その話は抜きにしてまた話ましょうよ。」という事を言うと「いやいやそこ迄やってくれたら」ということで取引しまいた。
この時に「距離を近づけるんなら、ただ単に麺を売りに行くだけじゃあかんねんな。お客様が必要としていることを考えんと。」ということ気付かせてくれたターニングポイントの一つだったと思います。

【黒醤油ラーメンの誕生】
それからは麺と一緒に醤油、麺と一緒に油を持っていったりなど、「お客様が悩んでいるモノを提案する」という営業の仕方に変わっていきました。
そうやって麺と一緒にいろんなモノを持っていくようになると、いろんなところで繋がりができてくるんですよね。
そして気がつけば、ラーメンの業界だけじゃなく、いろんな業界や業者さんとのネットワークができていて、それを有効活用できている自分がいました。

営業先の一つで、寝屋川のラーメン屋さんで池澤さんという人がいました。
麺はとってくれなかったんですけど、この人は人間としても経営者としても凄い人で、毎回行く度にいろいろな学びを貰えるので、何回か通っていました。
そんなある日、「西原さん、今度うまい醤油ラーメンやりたいんやけど、ええ醤油ないかな?」ということを言ってくれたんです。
「よさそうな醤油あったから一回僕、取り寄せしましょか?」ということで取り寄せて、池澤さんに渡しました。
そして、その醤油でラーメンを作って限定で販売したんです。
そうすると一ヶ月でその醤油ラーメンは行列が出来るぐらい人気になりました。
そのラーメンが今わっしょいで提供している、黒醤油ラーメンなんです。

そして池澤さんのお弟子さんがその黒醤油ラーメンを受け継いで店をやるときに、「このスープに合う麺がないから」ということで、そのスープに合わせた麺を一から作って取引してもらえるようになりました。

そうやって「顧客のことを第一に思って仕事をしていれば、道は開けていくんやな」と思って仕事をしていました。
 
ターニングポイント2 大きな決断
しかし、そうこうしているうちに、会社との方針が合わなくなりました。
そして結局辞めることになります。
辞める前には本当にどうしようかと悩みました。
辞める勇気もなかったし、お客様と話をするのも楽しいし、自分がやればやるだけ喜んでくれるという関係でもありましたから。
関係が出来上がってしまっているから、なかなか辞められないんですよね。
だから会社を辞めると、今迄取引してきた人たちは絶対悲しむだろうなと思って、なかなか踏み切れなかったんです。
そんなときに池澤さんが背中を押してくれたんです。

池澤さんはこんな言葉をくれました。
「決めたと同時に新しいことが思い浮かぶ。決めないうちは不安しか思い浮かばないから。でも決めてしまうとどうしたらいいかということが思い浮かぶ。だから、まず決めることから始めたら良い。」

その言葉をもらって自分の心は決まりました。
 
ターニングポイント3 居酒屋→ラーメン屋での修行
何をしようかと悩んでいたうちに池澤さんの紹介で新規オープンする居酒屋の手伝いをすることになりました。
「西原さんもゆくゆくは自分で居酒屋をやるんだったら、その前哨戦ということでやってみてもいいんじゃないか?」ということで居酒屋で働くことになりました。
僕は職人じゃないので料理の修行じゃなく、場所づくりということを修行したかったんです。
そのお店は、お客様目線で場所を作っているということがあって、こんな店があったらいいなぁと思っていたからこそ、その居酒屋に半年間手伝いをし、半年が経った頃に入社しました。

その後はその会社で串焼き屋をオープンし店長を任されましたが、赤字が続きラーメン屋に業態を変更したんです。
この時に麺屋団長というラーメン屋が誕生し、今の麺屋わっしょいの前身があります。

【最終日、過去最高の売り上げ】
そして結局、オーナーとの考えの違いや赤字が続きその会社を辞めることになりました。
しかし、この時の経験は今にとても生きていると思います。
赤字を解消する為にいろいろな事をしていきましたが、いい面でも悪い面でも、そこで様々なことを学ばせてもらいました。

その会社を僕が辞める日、麺屋団長で過去最高の売り上げになりました。
お客様もそれを見てくれていたと思います。
いつもは電車で出勤する僕もその日は車で出勤しました。
花をたくさん貰えると思っていましたから。
それだけの気持ちでもやっていましたから。
やっていたら通じることがあるんだろうと思います。
結局後部座席は花で一杯になりました。
 
ターニングポイント4 独立、麺屋わっしょいオープンへ
それからは、着実に自店舗をオープンする準備をしていきました。
お店を出す為のお金は製麺会社の時から貯蓄をしていて、800万あったんです。
それでお店をオープンする前、キャッシュフローを作る時に「よし、ここまで来たら赤字でも3ヶ月先の支払いまではいける!」ということを思ってて「よっしゃこれで完璧や!」と思った矢先、オープンの3日前になったときに「レジ金がない!!」ということになりました。

そのままレセプション(お金は貰わないのでレジ金はいらない)をしながら「¥150,000のレジ金どないしよう」と心の中で考えていた時に、ある業者さんから祝儀をもらいまいた。

レセプションにその社長さんが来てくれて、「頑張れよ」と祝儀を頂いたんです。
レセプションが終わり、家でその祝儀を確認してみると、袋には「2」と書いてありました。
普通業者さんからの祝儀といったら¥5,000か¥10,000ぐらいなんですけど、「うわー社長¥20,000もくれて。」と思っていたらあけたら…ピン札で¥200,000も入っていたんです!!
次の日電話で「社長こんなにもらえませんよ。」と僕が言うと、「ええねん。お前はやる男やと思ってるから、先行投資や。」と言ってくれました。
そしてその¥200,000がレジ金になったんです。

【取り組み】
正直何の難しいこともしていません。麺屋わっしょいは「どこの店にもできることをどこの店にも負けないぐらいしている」ただそれだけなんです。
例を挙げていきます。
例えば、うちの店ではラストオーダーを取りません。
僕の考えですが、ラストオーダーをとるのって、早く片付けたいが為に行っている、完全なる店都合のシステムだと思うからです。
あと、閉店後でも来られたお客様には注文をお伺いしてラーメンを食べて頂きます。
お客様を追い返すことはしません。
それがスタッフにも浸透していて、23時まわってもお客様が「いける?」と入って来られても「いらっしゃいませ!」とお客様に「閉まってませんよ!」という想いを伝える為に、営業時間内より大きな声を出してるんですよね。
その結果、23時付近になっても満席になっていることもよくあります。
それともう一つ、開店時間は5分でも10分でも早めます。
待ってくれているお客様は少しでも早くラーメンを食べたいと思ってくれていると思うから、5分でも10分でも早く開店できるようにしています。
あとは、お客様の要望には可能な範囲では必ず応えています。
麺の固さや味の濃い薄い、野菜抜き、出来る範囲では必ず応えていきます。

こういうことってどの店もできることなんですよね。
でも手間がかかったり、費用がかかったりするからやらないだけで。
閉店後片付けた後に入ってきたお客様へのラーメンって、店側からしたら赤字なんです。
でもその一杯って絶対お客様の心に響いてるし、想いは伝わっていると思います。
そのお客様はまた、営業時間内に他のお客様を連れてくれるんです。
 
そして今 これから
そして順調に売り上げ3ヶ月目から黒字になりました。
1年で先行投資分も回収でき、どんどん貯蓄ができている状態です。
1年前はテレビ出たら忙しくなって…というようなことがありましたけど、今はテレビに出てなくても1年前の売り上げを抜いていますからね。
それだけ常連のお客様がついて下さっていることだと思います。

スタッフのみんなが頑張ってくれているからだとも思います。
のびのび自分のベストを尽くせる場を作れているからみんな頑張ってくれているのかなとも思います。
うちでは「こうしろ」とか「あんな感じでしろ」とかあまりとやかく言いません。
それでもやっては駄目なところなどはきちんと言いますがね。
それでものびのびやってくれているからいい状態なんだと思います。


2号店もラーメン屋をやろうかということも思っています。
今の店長が「ラーメン屋をしたい」と言っているから、次の店もラーメン屋をして、そのまま今の店長にその店を渡してもいいかなと思っています。

そして2年後には会社として株式会社を作りたいなぁと思っています。
そして本当の意味で自由な会社としての組織を作っていきたいと思います。
なんでもやればできることだと思います。

結局、人々を幸せにしたいとか、社会に貢献したいとか、そんな大きなことはあまり考えていません。
来てくれたお客様に元気になってもらえたらいいと思うし、何かあったら「わっしょい行こうか」と言ってくれたら、それでいいと思います。
そこが一番大切だと思います。
 
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