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田村 常之進 Tamura Tsunenoshin
プロフィール 大切にしていること
有限会社 プロトワーク 代表取締役
http://www.plot.jp/company/
 
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 一言で言うと、「常にチャレンジャーであれと経験をしろ」です。
世の中には「絶対」という事はありません。失敗する確率が99%でも成功する確率は1%もあるという事です。
 つまり、何事に対しても「ムリ」って言わない事です。たとえ、結果として上手くいかなかった事でも必ずプロセス、つまり経験から何か得るもの・感じるものがあります。
だからこそ「考える前に行動する」というチャレンジャーでいてほしいですね。
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取材記事
 
はじめに モノづくりを支える裏方 プラスチック加工 有限会社 プロトワーク
 私たちの会社では、プラスチック部品の加工を営んでいます。
プラスチック加工と言っても色々なものがあるのですが、主にメーカーさんが新商品を開発した時に必ず造る試作品のプラスチック部品と型の加工を主な事業としてやっています。つまり、世の中に「製品」としてリリースされる前に造る物なので、「製品の黒子」という非常に大切な役割を持っています。
 大切な役割を担っている一方で、まだ出ていない「未販売」の製品なので、試作品を造る際には必ず製品に関する情報を漏らさない、という機密契約も結びます。大きな役割を担っている一方でとてもシビアな世界です。
 
ステップアップ1 中学卒業“プラスチック加工”との出会い
 私がそもそも“プラスチック加工”と出会ったのが中学校を卒業した年の春休みでした。身内のおじさんが家業としてプラスチック加工業を営んでいて、ある日「手伝いに来ないか?」と誘われたのが出会いとなりました。
 初めは、高校に通いながらアルバイトとして働いていました。しかし、学業より仕事の方が面白いと感じるようになり、仕事を優先するようになりましたね。
当時は、プラスチック部品や型を造るのはすべて手作業だったので忙しいときは高校を休んで仕事をしていたりもしましたね。当時は手作業でしたが、その2年か3年後にはIT技術が発展して、パソコンでもCADを使って造れるようになったので、自作が簡単になりました。
 
ステップアップ2 正社員となり働くも…
 高校卒業後はアルバイトではなく正社員として働くようになりました。
高校在学中からこの仕事が生活の一部になっていて、毎日が学校と加工場の行き来でした。
そのような生活を送っていたので当然遊ぶ機会もほとんどありませんでした。
さらに、小学校、中学校、高校と野球部に所属していたのでなおさらでした。だから、遊ぶ機会がなかったので、お金が貯まる一方で、かなりの貯金額がありました。
当時の時給は約500円。今のお金の価値で言うと、800円ぐらいですね。それを3年以上も続けていたので(笑)。
 高校卒業してから1年ぐらい経ったある時、糸が突然プツンと切れたように、遊ぶ事にのめり込んでしまいました。仕事があるにも関わらず、遊びに行ったりしていました。
 
ターニングポイント1 転落から起業・独立へ
 そのような生活を続けていると… ある日、社長から解雇が言い渡されてしまいました。
そして、社長さんのお師匠さんの元で出向という形で働く事になったんです。
 そこでは、2年間働いたのですが、その会社は上下関係の非常に厳しい体育会系の会社だったのです。
つまり「役職」意識がとても強く、当時からすごく苦手意識を持っていました。
その苦手意識がきっかけとなり、自分で会社を興そうと決意して、営業担当の先輩と起業し、 23歳の時に法人化しました。
 
ターニングポイント2 イイ仕事、働きやすい環境づくり
 私たちの会社では、「イイ仕事をする為の働きやすい環境づくり」を目指して、ルールは私を含め社員全員で決める事にしています。私は「仕事とは人間が進化し続ける為に学ぶこと」と考えています。
というのは、会社とは皆の思いが集まった組織であり、各々がそれぞれの役割を持っています。
その役割をみがく、つまり「競争」しないと役割は輝く事ができないと思っています。
役割を磨く事によって「責任」が生まれ「妥協しない・本気」に続いていきます。それがエネルギーとなり、「イイ仕事」に結びつきます。

 それを私自身、身をもって体験しました。17歳から始めたジェットスキーがきっかけでした。
子供の頃から野球をずっとやってきたのですが、だいたいギリギリレギュラーにはなれませんでした。
でも、1位ではなく2位になった事自体に満足していました。
だから、ジェットスキーでも「1位になれなかったら2位で満足」という気持ちでしたね。
そんな気持ちで初レースに挑みました。
スタート開始前に自分のミスでエンジン部分を損傷してしまいまして。
レーススタートまでもう時間がなかったので、自分は半ば諦めていたのですが、自分の周りにいたサポータの方々が本気になって修理してくれました。
その姿を見ていると「自分のミスが悔しい」という気持ちと、サポータの本気からくる「プレッシャー」が入り混じって、自分がこのレースに対して本気になる事ができたのです。
その「本気」の思いは、言うまでもなく周りの環境がエネルギーとして与えてくれたのです。
 
ターニングポイント3 振り返ると
 ちょうど、24歳辺りが「お金」に対する欲のピークでした。
高校合格が決まった時と同時にこのプラスチック加工という世界に飛び込み、お金持ちになりたいという思いを持ちながら働いてきました。
というのは私が子供の頃、今の時代にみたいに物が豊かにある時代ではなかった頃だったのです。
だから、例え、小さな事でも大きな喜びがありました。だからこそ、お金持ちになりたかったのです。

 しかし、次第にお金とは求めれば求めるほどキリがない物だと分かったのです。
つまり、ずっと数字の世界を追い続けていたのでした。
これは「死んだお金」であり、決して「生きたお金」ではなかったのです。
では「生きた金の使い方」って何だろって考えた時に、「対価を払う」という考えにたどり着きました。
対価とは、ある価値ある物に支払う事です。
価値は第3者がいて成り立ちます。
次に繋がる、つまり「未知の体験を若者に経験させる」という事です。
「体験しないと分からなかった事が、体験する事で分かった数の合計」という事が本当の幸せである、と思うようになりました。
 
そして今 今後の個人としての夢・会社としての目標
 個人としては、製造業の流れを変える人になりたいです。技術立国である日本、技術というのはたくさんの可能性を持っています。例えば、1つの技術を生み出すにも方法はたくさんあります。
また、技術に「正しい解・間違った解」は全くありません。経営者とは可能性を引き出す為の周りの環境づくりをすることだと考えています。
会社としては“モノづくり”のマーケットを日本国内だけでなく世界に広げていきたいと考えています。
これもまた、可能性を引き出す為の周りの環境づくりをすることです。
 
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